「表拍」と「裏拍」。日本人のリズム感、西洋人のリズム感。

日本人は「表拍」

西洋人は「裏拍」

 

お盆の時期ですから、ご先祖様に敬意を表しながら。

 

リズムを語るうえでとても良く言われているものに「農耕民族」と「騎馬民族」の違いというものがあります。

 

われわれ日本人は「農耕民族」ですね。

 

昔々の時代から、ご先祖様は畑仕事でクワを振り上げ「よっコラショ!」と振り下ろし畑を耕してきました。

冒頭の日本人のリズム感は「オモテ」というのは、その時の意識の向く方向に着目しての分析だと思います。

これは、つまり「下側」。

これを「1・2・3・4」のカウントにはめ込んでみます。

 

パターン①

「1」で振り上げ、「2」で振り下げる・・・・

パターン②

振り上げている状態から「1」で下ろし「2」で上げる・・・

 

先ほどのカウントで言えば「1・・3・」か「・2・・4」。

 

どちらのパターンにしても「ウォリャ!」となるのは降り下げた時ですよね。

 

これが日本人の「拍に対する感覚」だそうです。

 

これに対して西洋人「騎馬民族」のリズム感。

 

「騎馬」民族ですから「馬乗り」ですね。

馬にパッカパッカ揺られているとき、馬の動きに合わせると「体が沈み、また上に戻る」の繰り返しになりますよね。

この時、下に沈み込むよりも上に戻るときの方の感覚を捉えるのが「西洋」だそうです。

先ほどのパッカパッカに当てはめると「パッ・パッ・パッ・パッ」。

上向きの感覚です。

「1・2・3・4」に当てはめると「1・・3・」ではなく

「14」のように「」の部分。

よく「1」といった感じで説明されますが、この「」を感じるということです。

これが「ウラ拍」です。

 

よく「ウラから入って」「ウラで入って」なんて言われたりしますね。

 

一方の日本感覚は「オモテ拍」。

「オモテ」「アタマ」なんて言われます。

*アタマというのは「リズム」以外に「曲」や「フレーズ」の最初のことを言っていたりするのでケースバイケースですね。

 

*何かを始める場合、まずはその分野の言葉の意味を知るということはとても重要なことですが、音楽用語は多くの人(もちろんワシもね)が何となくの捉え方をしているように思えます。

 

「拍」の話に戻りますと、この「裏拍」を感じることがなかなか難しいそうです。

そしてこの裏拍が「グルーヴ」感や「ノリ」を生み出すのにとても重要だとか。

 

日本人の拍手は「オモテ」で西洋人は「ウラ」ともよく言われます。

 

「1・2・3・4」で言えば日本人は「1」と「3」で拍手を打つ。

西洋人は「2」と「4」で打つ。

 

でもこれは先ほどの例とは矛盾がありますよね。

「2」と「4」でクワを振り下ろすパターンもあるわけですし。

 

要するにカウントはドコを基準にするかにもよりますので、絶対的な基準ではないということです。

 

①「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12・・・・」

②「1・2・3・4・1・2・3・4・1・2・3・4・・・・」

 

上記のように同じ「1・2・3・4・・・」でも①は単に数を数えているだけのカウントですが、②は起点をもとに繰り返されるという点で「リズム化」しています。

 

これは私の考えで正しいとは言えないのかもしれませんが、単にカウント上のどこで打つかというよりも、「オモテ」「ウラ」に関しては意識が「上に向くか」「下に向かうか」が、より重要ではないかと思います。

 

「1・2・3・4」はリズムとも言えますが、要は単なるカウントに過ぎません。

そこに「打つ」人が命を吹き込む(ワシにしてはとてもオーバーな表現ネ)ことにより、「リズム」が生き生きと脈動し始めるのです(たぶんね)。

 

「ウラ」を感じる練習として。

例えば私はいまローテーブル(ちゃぶ台みたいなもん)の上でこのブログを書いています。

胡坐をかいているのでモモはテーブルの下になります。

そんな状況でテーブルの下で「1・2・3・4」とモモを叩くと、モモを叩いた後の返しの手がそのままテーブルに当たります。

その瞬間が「ウラ」です。

「1・2・3・4」を「1」と「と」をいれるとわかりやすいんじゃないでしょうか。

「と」=「ウラ」です。

「と」だとそうでもないかもしれませんが、「んカっ」とするとちょっと「上」へ意識が向きませんか?

 

リズムを言葉に置き換えること、そしてその言葉のチョイスは超重要だったりします。

 

私はこれを右手でやっているので、次に左手も入れて「右左」と交互にモモを打つとします(その際、右手は相変わらずテーブルの下を打ち続けます)。

右手がテーブルを打つ瞬間と左手がモモを打つ瞬間が重なります。

 

左手に意識を向け「ん・カッ・ん・カッ・・・・・・」と左手(カッ)が小気味よく跳ねるような感じをイメージします(ここがのっぺりしていたら、眠ったい締まりのない感じになっちゃいます)。

 

そのうち右手だけ止めてください。

右手なしでも左手は引き続き「んカッ」と伸び上がるような感じで。

油断するとすぐに「カッ」が「ん」が入れ替わり「カン・カン・・」と下に居ついて平凡になっちゃうと思います(ちゃんと心の中で、んカッ・んカッ・・と歌うことも大切ですよ)。

 

でも、西洋人が騎馬民族っていつの時代だよ?って感じですよね。

それに現在の流通音楽の源流は黒人ルーツとも言われていますし。

黒人に馬乗りのイメージは、ない、なぁ・・・

 

大半の方は「黒人はリズム感が良い」と思っているかもしれませんが、それも単なる「ケーズバイケース」だと思います。

ラテンの人にしても彼らは我々が「苦手なノリ」と言われているものは確かに得意かもしれません。

ですが、逆に我々の文化のノリ、例えば「盆踊り」なんかはギクシャクギクシャク動いてそりゃ滑稽だそうよ(でも何年か前からボンダンスは世界各地で盛り上がりを見せているようですね)。

 

僕は若かりしころに南米をほっつき歩いていましたが、その時には今のようなことには興味はなく、また文化の違いに関する考察も薄っぺらいものに過ぎなかったので現地でそれを感じることはできませんでした。

その後、打楽器にハマることになった結果、聞いた話や読んだ話によるものです。

 

「農耕民族」「騎馬民族」の話はそれこそ定番ですが、他にも文化的な違い(所作)や言語的特徴なんかの影響も当然ありますね。

こういう考察って私は好きです。