「リズム」とか「拍」って・・ナニ?

「リズム」とか「拍」って聞くと誰でも何となく共通のイメージを抱くと思いますが、実際にそれを「言語的にどのように説明するのか?」なんてことをボンヤリ考えてみると、なかなか難しいですね。

それぞれが切っても切り離せない存在でしょう。

 

プロパノータはそれぞれの音板により音が違いますので、特にリズムを気にせずともリズム的になりますし「拍」も曖昧にして環境音楽的に不規則に音を出すだけでも世界観を作れます。

 

でもやはり「リズム」と「拍」を意識するかしないかで演奏にも大きな違いが出ますよね、というお話です。

 

まず何となくリズムはわかるとして、僕が良く分からないことは「拍」です。

「拍子」とも言いますよね。

2拍子、3拍子、4拍子・・・こんなのはいいんですが「4分の3拍子」とか黒人系音楽でよく登場する「ハチロク」、8分の6拍子ですね。

叩けるけれど僕はわかってません。

「ハチロクで叩いて」なんて言われても、「ソレどんな感じ?」となってしまいます。

8拍の中に6つの拍子?もうこれ算数でしょ。ワシ算数やってるつもりナイヨ。

僕は小学1年生か2年生の時の引き算「1-1」の概念がわからずにつまずいてしまい、それ以降ずっとつまずきっぱなしなので、算数的なことは非常に苦手。

昔(古代ギリシャかな)は音楽は数学として捉えられていたそうで、その時代に生まれていなくてよかったです。

 

話がそれてしまいましたが、改めて「リズム」を調べてみました。

要するに一定の時間の中に音の強弱が連続することだそうです。

でも強弱がなければリズムとは言えず、人もそれをリズムとは認識しないとか。

確かに時計の秒針なんかはリズム的ではないかも。その一方で電車の「ガタンゴトン」はリズムだと思います。

そもそも強弱がなく淡々と進んでいると「始まり」がわかりませんからね。

ちなみに強弱のない音の連続は「パルス」だそうですが、パルスと聞くと僕は「ツツツツツツツ~」のような隙間のない連続性のものをイメージしてしまいます。

 

4拍子で例えると「強・弱・中・弱」。こういう感じ。

 

「強弱」ということがポイントのようですが、太鼓が「ドンドンドンドン」と強弱(アクセント)なしですごく平面的に鳴っていたとしても、それはリズムとして認識するのでは?と思います。

このあたりのことは打楽器を始めた当初にも疑問だったことを思い出します。

単なる「連続する音」の繰り返しに対して、繰り返しのスタート時点を決める必要はありそう。

ソコを起点に「拍子」も決まる。こう考えて差し支えないのかな。。。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン」

ドンドンドンドンドンドンドンドンドン|ドンドンドンドンドンドン」

同じ間隔で鳴る「ドン」でも4回区切りでとらえれば4拍子。

3回区切りなら3拍子。

 

例えばただの「ドン」でも2人でやってみて、一人は4拍子、もう一人は3拍子でやると面白いですよ。

3と4の公倍数で数度に1回、2人の「頭」が同時になります。

慣れないと相手につられる可能性はありますが、これはいい練習になります。

相手の音をしっかり聞きながら、自分の「拍」と相手の「拍」をちゃんと認識できるようになるとリズムがブレなく安定するようになります。

安定して叩くということは同時に「耳を鍛えて相手の音をしっかり聞く」ということも非常に大切です。

メトロノームを使って練習することはもちろんできますが、誰かとやった方がやっぱり面白いと思います。

練習すれば一人でももちろんできます(ひとり合奏でそれが気持ちいいダヨ~)。

 

通常の曲はリズムが4拍子ならば4拍子でそれぞれが進むわけですが、このように違う拍子が同居しているものを「ポリリズム」と呼び、アフリカなんかではよくあるそうです。

表紙に乗せた本の中でも第一にこのポリリズムが紹介されています。

「密林のポリフォニー」というCDでその手の紹介にはよく登場しますね。

僕も確か持っていたと思いましたが、CDはほぼ処分してしまったのでもうナイね。。よく図書館なんかに置いてありますが、試しに検索してみたら動画もいっぱい出てきました。

アフリカのピグミー族の音楽です。

 

プロパノータの演奏に話を戻しますが、リズムは単純に2つか3つの音を繰り返すだけで良いと思います。

意識したいのは、仮に3つの音を繰り返した場合、その中で自分が一番心地よい音をひとつピックアップして、その音を意識して鳴らす。

その音がリズムの中心になりますので大切に音を出したいところですね。

慣れてきたら別の音に意識を移していくのもいいでしょう。

初めは片手でやる方がいいですよ。

リズムは一定の繰り返しで、言ってみれば単純ですが、その単純さに少しずつでも変化を与えていくことでより魅力的な演奏になっていきます。

その辺りにもちょっとしたポイントがあるので、それもご紹介したいですね。

 

こういったことは言葉だけでなく動画でも紹介する方が断然わかりやすいでしょうが、自分自身の頭の中がすっきりと整理されていないと「何言ってんのかわかんない」ということになりがちですので、まずは言葉で。

 

それにしてもアレもコレもと関連事項が浮かんでくるので脈絡がなくなってしまうことも困りもんです。

まだしばらく「リズム」の迷宮をさまよいます。

 

ちなみに算数で落ちこぼれたワシですが、今読んでるこの本はオモロイだ。

数学的になりたい願望の現われですかね。

数式も少々出てくるけどそんなもんは無視しても全く問題ないです。

数学、というよりも「数」を探求した人たちのドラマ。

これはおもにヨーロッパが舞台ですが、日本は数学の分野では一流のようです。

江戸時代でもすでにハイレベルだったらしく、昔授業に出てきた関孝和はじめ和算の流派も結構あって切磋琢磨してたようですよ(これも読んだんだけどすっかり忘れちったヨ)。

「サルでもわかる微分積分」てきな漫画も読んだりしましたが、サルには理解できてもワシには理解できなかったようで、ワイはサル以下です。

 

数学や物理、天文学その他もろもろ学問の大半は人間が考え出したことではなく、単に真理として存在していたものをすさまじい努力をした人が見つけてくれただけなんだと思えます。

 

この本の印象的な一節(ある数学者の言葉)

「私の発見は、直接的にも間接的にも、また良しにつけ悪しきにつけ、この世を住みよいものにするためにはいささかの寄与もしなかったし、今後もするとは思えない。・・・・あらゆる実際的な基準で判断すれば、私の数学者人生の価値はゼロである。そして数学以外には、いずれにせよたいしたことはしていない。」

実際はこういう人たちのお陰で人類は進歩してきたんだろうけどね。

頭が下がるなぁ。。。

ひたむきな努力をしても花を咲かせることが出来なかった人たちは、それこそ「掃いて」「捨てる」ほどいますよね。

残念ながら現時点では私もその一人。

でもそういった人たちの物語が、今の自分の支えになっていることが大きいです。

ワシもいい加減、花を咲かせたい・・・